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「所有物認証」とは「鍵と錠前」である

……それでは講義を始める。
今回は「所有物認証」について、架空世界の事例と絡めて紹介してゆく。まずは前回のおさらいから。
「認証」とは、「『誰か』あるいは『何か』が、特定のものであることを確認する行為や仕組み」のことだった。最も使われている認証方法の「IDとパスワード」は「知識認証」であり、前回、架空世界にある合言葉を例に解説したが、合言葉は他人に知られてしまうと容易になりすまされてしまうという課題があった。ここまでは覚えているだろうか?
そこで今回は異なる仕組みで認証する「所有物認証」を紹介する。
さて、「所有物認証」とはなんだろう。字を読む限り所有物、持っているもので認証をするということだが……。
実はあまり難しく考えなくても良い。君たちの家の扉を開ける鍵が「所有物認証」の典型的な例である。こうした「鍵と錠前」を使うシーンは架空世界にも多数登場する。
この講義では、もうちょっとひねった事例を取り上げよう。キーワードは「かざす」。今回紹介する最初の架空世界はゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルドだ。

空前のヒットとなった「ゼルダの伝説」シリーズの最新作

まずは基本データから紹介していこう。2017年3月に新発売となった家庭用ゲーム機「Nintendo Switch」と同時に発売となったソフトが「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」。つい最近のゲームだからご存知の方も多いのではないか?
いつものゼルダ姫を救出し、宿敵ガノンを倒すという骨子となるストーリーはそのまま、どこまでも広い世界を冒険できる「オープンエアー」というシステムで、自由度の高い行動ができる。近年の「ゼルダの伝説」シリーズにない大ヒットを飛ばしたタイトルだ。
ゼルダの伝説シリーズは大抵、「ハイラル」という地を舞台としているが、その広さや構造はまちまち。今回の「ブレス オブ ザ ワイルド」はなんと京都市内とほぼ同じ広さということで、その広さが想像していただけるだろうか。もちろん徒歩で走破するのはしんどいため、馬を捕まえて乗ったり、ワープしたりという移動手段も確保されているので一安心だ。
そして、見えるところであれば、どこへでもたどり着くことができるというのがオープンエアーというシステムの真骨頂。どこまでも山を登り、水を泳ぎ、木を倒し進めば、背景だと思っていた山頂や孤島にまで到達できるのだ。その風景を眺めるだけに、どこまでも探検したくなるものだ。
ちなみに現在入手困難なNintendo Switch版だけでなく、Wii U版も発売されているので、まだ遊んでいない諸君は是非遊んでみてほしい。
ゲームメディア「IGN Japan」のレビューでは、滅多に出ない最上位であるスコア10「マスターピース」を獲得している折り紙つきのタイトルである。

「シーカーストーン」はスマートフォン?

さて、今回のゼルダの伝説では、物語の始まり、長い眠りから目覚めた主人公リンクがすぐに手にする「シーカーストーン」という板状の石がある。
実はこの「シーカーストーン」、この架空世界における「スマートフォン」的な役割を果たすのだ。
まずは自分の位置がわかるGPS的な機能。周囲のマップを手に入れればもちろん地図を表示することもできる。
さらには色々なモノや風景の写真を撮影でき、ズームすれば望遠鏡のような役割も果たす。
そして何と言っても、各地に点在する「塔」や「試練の祠」で、それらの機能を起動させるための、NFC(※1)的な技術による非接触型キーの役割も果たす。
全ての「塔」や「試練の祠」はゲーム開始時点では休眠状態にあり、誰も利用することができない。リンクの持つ「シーカーストーン」を所定位置に「かざす」ことによって初めて起動し、利用できるようになる。
この「シーカーストーンを持った者だけが起動できる」という仕組みが「所有物認証」だ。
「塔」や「試練の祠」、そして「シーカーストーン」は、どれもかつて存在した古代文明の遺物である。これを使えるように研究、調査したのが今回のゼルダ姫(※2)だ。
今回のゼルダ姫は、かつて考古学者を目指していたという過去を持っている。様々な古代文明の遺跡を発掘し、研究した結果、「塔」や「試練の祠」を起動するためのカギとしての機能を含めた「シーカーストーン」の機能を見出し、リンクに託したというわけだ。
この「シーカーストーン」、誰かが奪って使おうとする様子はない。そもそもこの時代の人間の知識を超えた存在であるから……ということのようだ。
「シーカーストーン」の存在を知っている人間も何人かいるが、ほとんどが味方だ。リンクに敵対する「イーガ団」たちも、命を狙ってくることはあるが「シーカーストーン」を奪ってしまおうという動きは見せない。やはり使い方までは知らないのだろうか。
ところで、ゲーム序盤に記憶喪失として目覚めたリンクが、いくらゼルダ姫の声のガイドがあるとはいえ、違和感なく使えてしまうのは何故なのだろうか。まあ、リンクを操っているプレイヤーが理解したから……というのが実際のところだが、眠りにつく前の記憶が残って……、おっと、これ以上はネタバレになってしまうから自重しよう。

※1…Near Field Communicationの略で、日本語にすると近距離無線通信。数センチ〜十数センチの近距離で通信を行う規格。
※2…シリーズ共通で登場するゼルダ姫だが、基本的には毎回別人である。同様に主人公のリンクも別人。敵役であるガノンだけは共通の存在であるようなほのめかしがあるが……。

現実世界でも広がる「所有物認証」

現実世界でも「シーカーストーン」のような「かざして認証」は多数存在する。SuicaやPASMO、おサイフケータイ機能付きスマートフォンを使ったコインロッカーなどが代表的だろうか。
こうした「かざして認証」は、交通系ICカードの普及した2013年前後から徐々に普及し始めており、新しい技術と言える。同じような技術を持ったゼルダの世界の古代文明はいかに発達していたかということがわかる。まあ、それどころか「ガーディアン」と呼ばれる多足歩行兵器まで開発しているのだから、現代の我々の技術より発達している可能性も高いのだが……。
ちなみにこの「シーカーストーン」、ひとつだけ現代のスマートフォンから劣っている機能がある。それは「通話」だ。
「シーカーストーン」自体が世の中にひとつしか存在しないため、誰か別の人と話すことはできない、というわけだ。もしかしたら機能としては備えていて、過去には複数のシーカーストーンが使われていたのかもしれないが、この時代にはひとつしかない。残念なことだ……おっと、失礼。この講義のテーマから少しずれてしまった。

「この印籠が目に入らぬか!」

さて、「かざす」といえばもうひとつ所有物認証の例……と言っていいのかはわからないが、興味深い架空世界を紹介しよう。誰もがお馴染みの国民的時代劇「水戸黄門」だ。
水戸黄門こと徳川光圀は普段、ちりめん問屋「越後屋」のご隠居・光右衛門として旅を続けていくが、役人の不正を正す時に正体を現す。その際に身分を証明するのが、黄門一行のメンバー、助さんこと佐々木助三郎と格さんこと渥美格之進たちがかざす「印籠」だ。
実際、ニセ黄門一行というのはドラマの中で何度も登場している。その際に印籠を見せられるかどうかというのが重要となるのだ。
そもそも印籠とは、中に薬などを入れて携帯するためのケースである。ただ、そこに「雲水に三つ葉葵」の徳川家の紋所が入っていることが重要である。この徳川家の紋所は、この架空世界では皆が知っているもので、かつ徳川家しか使用できないものだという共通認識があるから「所有物認証」として機能する。
また、もし徳川家の紋所の入っている印籠を偽造し、身分を詐称するなどすれば死罪は免れない。もちろん奪ったりしても同様。社会システム的に守られた、なかなか隙がない認証情報と言える。

カギを奪われると無力。それを回避するには?

今回は「所有物認証」を使った架空世界を紹介した。
「ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド」も「水戸黄門」も、それぞれの架空世界においてはカギとなるモノを奪われる懸念がないという設定なのだが、現実世界ではSuicaやスマートフォンを落としたり奪われたりすることは十分に考えられる。認証できなくなるだけでなく、他人に騙られてしまうかもしれないのだ。そうした点には注意したい。
では、誰にも奪われることがない「所有物認証」はないのか?
実は架空世界にもそれに近いものが存在する。「遠山の金さん」こと、江戸町奉行・遠山金四郎景元の「桜吹雪の刺青」だ。
遊び人の金さんが実は遠山金四郎だった……というシチュエーションで登場するこの刺青、劇中では「悪事の現場にいた」という認証として、うまく働いているのではないだろうか。
「所有物認証」というよりも、自分の体に直接、消すことのできない印を描くことで後付けの「生体認証」のようにも働くこの刺青、なかなかうまいアイデアだ。

そろそろ今回の講義は終わりとしよう。次回は、講義の最後で出てきた「生体認証」の登場する架空世界について講義できればと思う。
それでは本日はここまで!

【著者プロフィール】

朽木 海 (フリーライター、編集者)
主にITとゲームのあれこれを請け負うライター。前職は某ゲーム会社でいろんなゲームを作ったり、公式Twitter担当をしたりしていました。現在勉強中のテーマはブロックチェーンとマストドン。今プレイしている「ファイナルファンタジーXII」にも所有物認証っぽいエピソードがありましたね。

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