メタルギアソリッド以前の小島秀夫監督作品の秀作
……それでは講義を始める。
前回は「アヴァロン」を題材に、オンラインVRゲームで必要な認証について、そしてパスワードに替わる「パスフレーズ」による認証を見ていった。
結構内容が濃かったと思うのだが、いかがだっただろうか。
さて、今回は「現実とゲームが溶け合う認証」と題して、ちょっと変わった認証の形態を紹介する。
題材として取り上げるのは小島秀夫監督作品のゲーム「ポリスノーツ」だ。
小島監督といえば骨太なシナリオと緻密なSF設定で知られているが、一方でゲームならではの遊び心満載のギミックを実装してくるのは、小島監督作品を遊んだことのある諸君ならご存知だろう。
それと認証がどう関係あるのか、見て行くこととしよう。
宇宙×警察×医療の異色SFアドベンチャー
まずは基本データから紹介しよう。
1994年にNECのパソコン「PC-9821シリーズ」用に発売されたタイトルで、当時パソコン用ゲームとしては珍しかったCD-ROMを媒体として使用したことも話題となった(※1)。
その後、1995年には、米国の3DO社が開発し、提唱した32bitマルチメディア端末の統一規格「3DO」で、1996年には「プレイステーション」「セガサターン」でも発売された。
このタイトルを知っている諸君も、ほとんどはプレイステーションかセガサターンで遊んだのではないだろうか?
※1:ただし、同時期に富士通がマルチメディアパソコン「FM-TOWNS」を展開しており、そちらではCD-ROMが標準媒体だったため、パソコン市場全体から見れば珍しいものではなかった。当時パソコン市場で覇権を握っていたNECのパソコンで、本格的ゲームがCD-ROMで登場したのが珍しかったという意味である。
あらすじを紹介しよう。
2010年、人類はスペースコロニー「ビヨンド・コースト」を完成させ、移住を開始した。
2013年には大量移住に対応すべく、世界中から選抜された5人の警察官が宇宙飛行士としての訓練を受け、ビヨンドの治安を守るべく配備された。警官(ポリス)であり宇宙飛行士(アストロノーツ)である彼らを、人々は「ポリスノーツ」と呼んだ。
最初のポリスノーツの一人である「ジョナサン・イングラム」は、任務中の事故により宇宙空間を漂流することとなる。人工冬眠状態で眠っていた彼が奇跡的に救助された時には、既に25年の年月が過ぎていた。
時代から取り残され、宇宙恐怖症となったジョナサンは、地球上のオールドロス(現代のロサンゼルス)で私立探偵を営んでいる。そんな彼の元にある日、ビヨンドから一人の依頼人が訪れる。その人物はかつての自分の妻であった……。
警察ものとしては映画「リーサルウェポン」をはじめとしたバディもの(※2)の側面を見せるほか、宇宙に関する緻密な考証、そして麻薬「NARC」と製薬会社「トクガワ製薬」を巡る医薬品不正と、様々な面を見せる作品である。
※2:2人の人物が事件に向かう形のドラマのジャンル
ゲーム内で完結しない認証の謎解き、鍵はマニュアルに!?
さて、認証についての話である。
ゲームの中盤、証拠となりそうなトクガワ製薬のCD-ROMを入手するジョナサンたち。端末の操作を進めると、パスワード入力画面になる。画面表示には「Click SATAKE employee code」という文字列と、幾何学模様がずらっと並んでいる……。この場面、ゲーム内では全くのノーヒントである。どうやって解けばいいのだろうか?
実はこの幾何学模様は家紋であり、従業員コードはその名字の従業員の家紋と一対一で対応している。と言っても、ジョナサンも相棒のエドも日本人ではなく家紋についての知識など持ち合わせていないし、プレイヤーもわからない人が多いだろう。何回か間違えるとエドが「ジョナサン、家紋のことなら何かに載っていなかったか?」というヒントを出してくる。
実は、家紋表はゲームの取扱説明書(マニュアル)に載っているのだ。これに気がつけば、この場面は簡単に突破できるというわけだ。
ジョナサンたちゲームの中の人物にとっては「知識認証」なのであるが、プレイヤーにとっては実は「所有物認証」となっているのだ。もちろん、家紋の知識が十分にあるプレイヤーにとっては「知識認証」なのだが……。
このように、ゲームを進める際にマニュアルの一部を参照しないといけない「所有物認証」がかけられていたゲームはパソコン黎明期にはいくつもあり、「マニュアルプロテクト」と呼ばれていた。
ゲームのディスクがコピーされても、マニュアルがなければゲームを突破できないようにしてコピー対策としていたのである。
現在では、ライセンスコードを同封し、オンラインで認証するなど、ライセンス確認のオンライン化が当たり前になったために、マニュアルプロテクトは少なくなってしまった。マニュアルのコピーやスキャン、そしてアップロードも手軽になったことも要因のひとつだろう。
「ポリスノーツ」ではこのマニュアルプロテクトをゲームの謎解きの一つとして採用し、現実とゲームの境界を溶け合わせたところに評価すべきものがあると、私は考えている。
余談:コピープロテクトを巡るいたちごっこの歴史
ゲームソフトのコピープロテクトは、何も「マニュアルプロテクト」だけではない。フロッピーディスクでゲームが販売されていた時代は、ディスクに特殊な加工を行って、そこを読み取れるかどうかを試すプロテクトが一般的だった。
この特殊な加工は、コピーソフトでは再現できないものが多かったため、マスターディスクかどうかの「所有物認証」が成立していたのだ。
また、ゲームだけではなく、高価な商用ソフトウェアの中には、いまでも専用の装置(ドングル)をUSBポートに接続していないと起動しない「所有物認証」がかかっているものもある。
一方、昔のマイコン少年たちはどうにかしてこのコピープロテクトを破ろうと必死になっていた。
プロテクト部分も精密にコピーする技術を作り上げたり、プログラムにパッチ(改変)を当て、プロテクトチェックの部分をスキップさせたりして動作するようにするプログラムを改ざんすることも一般的だった。
もちろんゲーム会社もそれに対抗してより複雑なプロテクトチェックを導入し、中にはエンディング直前でプロテクトチェックを行い、ゲームの正常な進行を不能とするなんて仕掛けをする場合もあったくらいだ(※3)。
※3:多くのプロテクトハッカーは、起動するかどうかでプロテクト解除の成否を判断し、ゲームを最後まで遊ばなかったことが多い。そうした事情を逆手に取った、巧妙なプロテクトチェックである。
そうしたマイコン少年の中には、その技術を磨いてエンジニアになり、世の中に役立つ製品を生み出している人も多い。
コピープロテクト破りは違法であるし、決して褒められたことではないが、その知恵比べの結果として腕の良いエンジニアが生まれたと考えると、新しい技術が登場し始めた時期の面白さを感じられるのではなかろうか。
ちなみにCD-ROMの時代になると、ディスクに特殊な加工を行うことが難しくなってしまったため、コピープロテクトをかける側も難しくなった。その結果、ポリスノーツのマニュアルプロテクトのような工夫が生まれたのかもしれない。
次回はあの魔法少女を認証にこじつける!?
今回はややオールドゲーマー向けの話になってしまったが、いかがだっただろうか。
ソフトウェアの形も変化してきている今だからこそ、こうした温故知新も必要かと思った次第だ。
さて次回だが、最近新作が放送されているあの魔法少女を取り上げようと思っている。
魔法少女と認証に関係があるのか?
今度ばかりはこじつけに近いことになるかもしれないが……。ともかくお楽しみに。
では、本日の講義はここまで!
【著者プロフィール】
朽木 海(フリーライター、編集者)
主にITとゲームのあれこれを請け負うライター。前職は某ゲーム会社でいろんなゲームを作ったり、公式Twitter担当をしたりしていました。現在勉強中のテーマはブロックチェーンとマストドン。モンスターハンター:ワールドについに手を出してしまい……。これだけ遊びやすくなってると中毒性が増しますね。
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— せぐなべ【認証セキュリティblog】 (@segunabe_info) 2018年2月8日
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