現在好評放送中のSFアニメ「BEATLESS」

……それでは講義を始める。
前回映画「キングスマン」「キングスマン:ゴールデンサークル」に登場する認証を紹介した。いかがだっただろうか。
「掌紋認証」という生体認証や、スパイや敵役ならではの認証を紹介した。未見の方も興味が出たのではないかと思う。この記事が掲載されている頃にはすでに「キングスマン:ゴールデンサークル」も配信されていると思うので、ぜひ観てほしい。

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さて今回は現在好評放送中のTVアニメ「BEATLESS」を題材に、認証の話と「技術的特異点」について話をしたいと思う。

「その笑顔を僕は信じる。君に魂がなかったとしても——。」

まずは基本データから紹介しよう。
原作はメタルギアソリッド スネークイーター」のノベライズなども手がけた長谷敏司による小説。月刊「NewType」誌に連載後、2012年10月に単行本化。その後2018年1月からTVアニメとして放映されている。

あらすじを紹介しよう。
21世紀中頃に超高度AIと呼ばれる汎用人工知能が完成し、人類知能を凌駕。22世紀初頭には「hIE(Humanoid Interface Elements)」と呼ばれる人型ロボットと共存し、急速な少子高齢化の肩代わりとしてhIEを労働力として使用していた。
そんな中、hIEの行動管理クラウドのプラットフォームを開発、管理運営する企業「ミームフレーム社」の研究所から、暴走した5体のhIEが脱走する。
その暴走に巻き込まれた主人公「遠藤アラト」は、hIE「レイシア」と出会い、謎の攻撃から身を守るためにレイシアとオーナー契約を結ぶことになる。
アラトとレイシアの出会いは何をもたらすのか……。

本原稿執筆時点ではアニメは9話まで放送されているが、まだまだ序盤と言ったところだ。
どうやら2クール放送されるようなので、視聴するのは今からでも遅くない。Amazonプライム・ビデオで見逃し配信もしているので、未視聴の諸君もぜひご覧いただきたい。
また、内閣サイバーセキュリティセンターでは本年度「BEATLESS」とタイアップし、2月に設定されたサイバーセキュリティ月間の普及啓発活動を行った。そちらの様子も合わせて確認してみると良いだろう。

レイシアとの契約には「指紋認証」を使用

さて、認証の話だ。
第1話にて、成り行きでアラトはレイシアとオーナー契約を結ぶことになる。
この際に使用されているのは指紋認証だ。レイシアの胸のあたりに指を押し当て、指紋を登録したうえで、レイシアの読み上げる規約に同意する旨を宣誓しなくてはならないのだ。
アラトが特に戸惑ってないところを見ると、こうした行為はこの社会では一般的な事項なのだろう。
また、おそらく宣誓する際の声によって、声紋もサンプリングされていると思われる。
この規約の読み上げにおいて、レイシアは自分のことを道具と表現し、「道具の行うことに責任をとってくれる人が必要」と言ってくる。この時の宣誓は、何らかの事故などが発生した時に警察や裁判所などに提出する資料として使用されるのであろう。
おそらくレイシア自身はアラトの本人認証に指紋認証などは必要なく、人間と同じように、視覚と聴覚によって、常に本人かどうかを把握する挙動を行なっていると推測される。
さらに、hIEは各種クラウドプラットフォームに接続されており、蓄積された情報を参照して動いているため、hIE自体の内部に莫大な情報と高度な判断能力を持っているわけではない。こうした各種クラウドの情報を総合して「これはアラトである」ということを認識しているのだろう。

「レッドボックス」と技術的特異点

本来であれば、BEATLESSを題材として語るべきなのは「アナログハック」についてだろうが、本件は先に述べた内閣サイバーセキュリティセンターのBEATLESSタイアップページで大きくフィーチャーされているので、そちらをご覧いただくとしよう。
本稿でピックアップしたいのはレイシアが「レッドボックス」と呼ばれている点と「技術的特異点(シンギュラリティ)」についてだ。
まず「レッドボックス」とは、超高度AIが生み出した、今の人類には理解できない超高度技術によってつくられた産物のことである。レイシアを含む、5体のレイシア級hIEもレッドボックスとされている。
この超高度AIが実現している世界を「技術的特異点を迎えた世界」という。つまり、AIが進化した結果として人工知能による人工知能の発明が可能になり、人間の想像力の及ばない超越的な知性が誕生している世界だ。
「レッドボックス」もこうした超高度AIの産物であるのだが、こうした世界では認証はどのような働きを行うのだろうか?
まず、超高度AIは莫大な計算力を手にしていると予想されるので、人間が手に入れた従来の暗号化技術では対処できない可能性がある。
現在の暗号化技術はある程度以上のケタ数の素因数分解を行うのに非常に時間がかかるため、総当たりでは対応できないという問題や、楕円曲線上の離散対数問題の困難性問題を根拠としているのだが、いずれも超高度AIを実現している社会では、これらを量子コンピューターなどの上で、短時間で解くアルゴリズムが実現しているものと考えられる。
実際、第4話でレイシアが村主ケンゴのPCのパスワードロックを解除する場面があるのだが、一瞬で解除している。これがレッドボックスの持つ計算力によるものなのかどうかは定かではないが、当然そうした可能性はあると考えてしかるべきだ。

こうした世界での認証は、機械の「善性」に委託せざるを得なくなるのではないのだろうか。
プラットフォームに接続された機械は常にオーナーを認識し、認証し続けている。そのため、認証を意識しなくとも必要であれば全てのリソースを使用することができるのだ。
ケンゴのPCのパスワードロックを解除したレイシアも、アラトの目的には「善性」があると判断し、パスワードロックを解除した。

では機械の「善性」とはなんなのか? その有無をどのように判断するのか?
人類を超越した知性と人間はどう対峙していくべきなのか。
今後、BEATLESSでの重要なテーマとなってくると思われるので、注目していてほしい。

次回はあの少年マンガの金字塔

今回は執筆時点で放送中のアニメについてお送りするという2回目の試みだったが(1回目は「カードキャプターさくら」を扱った第16回)、いかがだっただろうか。
本稿で興味を持った諸君、今クールは良作アニメが多くて時間を捻出するのも難しいとは思うが、原作に触れるなり、見逃し視聴などで触れて見ることをお勧めしたい。

さて次回だが、あの少年マンガの金字塔と言える作品に認証のネタがあるというので、無理やりこじつける……いや、解明していく試みをしてみたいと思う。
かなりハードなSF要素の詰まった今回とは違い、少年マンガにありがちな「敵」とか「味方」とかの分かりやすい話となると思うので、あまり身構えないで読んでいただけるとありがたい。
それでは本日の講義はここまで!

【著者プロフィール】

朽木 海(フリーライター、編集者)
主にITとゲームのあれこれを請け負うライター。前職は某ゲーム会社でいろんなゲームを作ったり、公式Twitter担当をしたりしていました。現在勉強中のテーマはブロックチェーンとマストドン。うっかり購入したパックマンチャンピオンシップエディション2+が面白くて……。古典もいいですね。

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