五月病でボケた脳のリフレッシュを

……それでは講義を始める。
前回は恒例の定期考査をお送りした。諸君、成績はいかがだっただろうか? 間違えた問題のある諸君は今一度過去の講義を見直してほしい。

>「架空世界 認証セキュリティセミナー」記事一覧

さて、ゴールデンウィークも終わり、そろそろ五月病でボケた脳のリフレッシュをしたいところだろう。
今回の題材は人気のソーシャルゲーム「プリンセスコネクト!」とその続編「プリンセスコネクト!Re:Dive」。プレイしていない人もいると思うため、今回は詳しく解説していくので安心してほしい。それでは早速紹介していこう。

「困ったときはお互い様々、だよ」

では基本データから紹介しよう。
「プリンセスコネクト!」はサイバーエージェントAmeba事業本部と、数々の人気ゲームをリリースしているCygames社の共同企画・開発によるタイトルで、2015年2月にAmebaにてサービスがスタート。
しかし、2016年1月にはサービス終了が発表されてしまった。近年のソーシャルゲームとしては短い類だろう。ただ、当初同年6月にサービス終了を予定していたところ、7月まで延期になり、当時のソーシャルゲームとしては珍しくストーリーが完結した。
その後、同年8月に行われたCygames社の新作発表会で続編「プリンセスコネクト!Re:Dive」が発表された。
プレイヤーたちは発表から2年ほど待たされることになるが、2018年2月に「Re:Dive」が配信開始。現在ではiOS版、Android版ともに、アプリストアでの売り上げ上位に入るほどの人気となっている。

あらすじを紹介しよう。今回主に取り上げるのは無印の方なので、そちらのあらすじから。
西暦2030年代、VRを用いたネットワークデバイス「mimi」が世界一般に普及した世界。そのmimiを利用したゲーム「レジェンド オブ アストルム」では、「クリアすると現実でなんでも願いが一つ叶う」という奇妙な噂により、数多くの少女がプレイする人気ゲームとなっていた。
そんな中、主人公の少年は公園で出会った謎の女性によりmimiを強制的に装着させられたうえ、「レジェンド オブ アストルム」にログインさせられてしまう。
ゲーム内世界に出現した主人公は、少女たちの潜在能力を目覚めさせる「プリンセスナイト」という力を持つことを知る。
主人公は現実やアストルムで出会った多くの少女たちと力を合わせて、ゲームクリアを目指すのだが……。
以上が無印版のメインストーリーだ。おさらいできるマンガサイコミに掲載されているので、そちらも合わせてご覧いただきたい。

近未来のウェアラブル端末「mimi」

さて、認証の話だ。
VRを用いたネットワークデバイスとして登場しているmimiが、「レジェンド オブ アストルム」への入り口になっているのは、あらすじからもお分かりいただけただろう。
VRといっても、現在あるようなゴーグル型のものではなく、耳にかけるタイプのものである。これはどのようにVR体験を提供しているのだろうか。
筆者はズバリ、脳波に直接干渉して「白昼夢」を見せるような形でVR体験をさせていると想像している。そのため、認証も「脳波認証」であろう。
無意識のうちに現れる脳波で個人認証をするのは、何も夢物語ではない。現実でも脳波での個人認証について、各所で研究が行われている。

脳波は指紋などと違って偽造が難しく、継続的に情報が得られる利点がある。
鳥取大学では旅客機の乗っ取り防止などで実用化を目指しているという。

>産経ニュース「脳波で「個人認証」 ハイジャック防止に応用も 鳥取大で実験」

>鳥取大学研究シーズ集「脳波による運転者継続認証の試み」

現在では脳波を測定するためのヘッドセットの小型化や、測定精度や信号を保護する堅牢性の向上が進められている。mimiのように小型になれば、一般にも普及するだろう。

脳波による「継続認証」とは?

脳波による認証は「継続認証」に適している。この「継続認証」とはなんだろうか。
指紋などの従来の「生体認証」や、パスワードによる「知識認証」は、本人を認証するその時点においてのみ特定する認証である。
対して「継続認証」は、利用者が意識することなく、継続的に認証し続けることを言う。

なぜ脳波認証が継続認証に適しているのか。鳥取大学が実用化を目指す旅客機のパイロットの例を考えてみよう。
現在は操縦席への扉をロックすることで、他者が操縦することを防いでいるだけだが、今後はテロ対策として、もっと厳重に認証する必要があると考えられている。
起動の際のみの認証では、飛行中に乗っ取られてすり替わられた場合、そのまま飛行は続けられることになる。
飛行中に継続して本人認証を続ける場合、パスワードのような知識認証や、指紋認証のような生体認証では、意識して認証作業をする必要があるため、操縦に支障をきたす可能性がある。
操縦機器にカギを付けたままにするような所有物認証では、犯人も付けたままにしておくだけなので、解決にはならない。

しかし、脳波認証であれば、操縦している最中、特に認証作業をせずともずっと認証し続けることが可能になる。
これが実現すると、パイロットがすり替わった際に、遠隔地でもすぐに把握できるようになるのだ。

脳波認証は「生体認証+知識認証」で究極の二要素認証?

筆者としては、脳波認証は継続認証に適しているというだけでなく、通常の認証においても生体認証と知識認証による二要素認証を一気に実現する、都合の良い認証だと思っている。

脳波認証の研究の中には、目の前に見せられた画像を見て何を連想したか、脳波の変化を解析して認証を行うというものも存在する。
たとえなんらかの方法で脳波を偽造できたとしても(それも非常に難しいだろうが)、画像で何を連想するかというのを知り得るのはなかなかに難しい。
通常の状態における個人の特徴のある脳波で生体認証を行い、知っているものを見た時の脳波の変化で知識認証を行う二要素認証が成立するのではないだろうか。
当然、脳波を発している必要があるため死んでいる人では認証できない。
将来的には究極の認証として注目される可能性があるのではないだろうか。

ただし、クリアしなくてはならない課題がある。この課題についても「Re:Dive」を知れば見えてくる。

mimiのようなデバイスが普及した場合、脳波による個人認証が継続して行われるようになる。
すると、以前紹介した「BEATLESS」の世界のように、あらゆるものがクラウドに接続し、常に自分が認識され「常に認証し続けている世界」の実現にも近づくのだ。
こうした世界と今の現実世界と比較すると、どちらの方の居心地が良いだろうか。
前者の利便性も捨てがたいところだが……。

それでは「Re:Dive」の話に移ろう。

「これはゲームじゃなくて現実だから」

さて、「Re:Dive」からプレイしている多くのプレイヤーの諸君にはここまでの話は正直ちんぷんかんぷんだったのではないだろうか。
「レジェンド オブ アストルム」?「mimi」? そんな話は聞いたこともないし、このゲームは正統派ファンタジーRPGではなかったのかと。

「Re:Dive」のあらすじを紹介する。アストライア大陸の某所で目覚めた主人公。どうやら記憶を全て失っているようだ。
そこに現れたガイド役、エルフ族の「コッコロ」と名乗る少女は、自分のことを「あるじ様」と呼んで、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
続けて現れた謎の少女が、コッコロの用意してくれた食事を一気に食べ尽くし、自分たちを勝手に恩人認定してくる。
さらに、謎の大食い少女を追いかけてきたと見られる魔物の集団に追われて、コッコロと自分、大食い少女「ペコリーヌ」は戦いに巻き込まれることになる……。

「Re:Dive」の主人公は前作と同一人物であることが度々言及されているものの、記憶を失っているどころか、一般常識もほとんどが失われている。
例えば貨幣を口にしたり、文字が読めなかったり、多くの人に「赤ちゃんみたい」と言われてしまったりする始末である。
それだけではない。「Re:Dive」の登場人物はほとんどが前作からの続投で同一人物なのだが、どうやら現実世界のことがすっかり記憶から失われてしまっているようなのだ。
例えば主人公と同じギルドで、現実でも同じクラスに通っていたはずの草野優衣は、アバターの「ユイ」としてこのアストライア大陸で生活しており、主人公のこともすっかり忘れ去っている。

ストーリーを進めていくと、とある重要人物が「これはゲームじゃなくて現実だから」とうそぶく場面が登場する。前作のプレイヤーからするとVRゲームの中の出来事だと思っていたのが、まさか現実?

ここからは筆者の推測だが、どうやら前作のラストバトル後、なんらかの原因でmimiが暴走し、プレイヤー全員から現実の記憶を失わせ、ログアウトできないようにされているのではないだろうか?

脳波に干渉可能なmimiだからこそ可能な、とても恐ろしい現象である。
この現象を引き起こしているのは誰なのか。何の目的があるのか。それはこれからゲーム中で語られていくことになるだろう。

「Re:Dive」はサービスインしてからまだ3ヶ月程度であり、今からプレイしても十分追いつけるゲームだ。今回の講義を聞いて興味の出た諸君は、ぜひプレイしてみてほしい。

次回はあの名作SF映画

いかがだっただろうか。
脳波を利用する脳波認証は有望そうな気はするものの、脳波に干渉するVRゲームや、「常に認証し続けている世界」はちょっと怖いような気もする。
実際に2030年の我々はどんな環境で、どんなゲームで遊んでいるのだろうか。想像を巡らすのも面白いだろう。

さて、次回はあの古典名作SF映画「ターミネーター2」を題材にしたいと考えている。どのあたりに認証のタネがあるのか、楽しみにしていてほしい。
それでは今回の講義はここまで!

【著者プロフィール】

朽木 海(フリーライター、編集者)
主にITとゲームのあれこれを請け負うライター。前職は某ゲーム会社でいろんなゲームを作ったり、公式Twitter担当をしたりしていました。現在勉強中のテーマはブロックチェーンとマストドン。プリコネR、時間がなくても遊べるとてもいいゲームでオススメですよ。一緒に遊びましょう☆

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