こんにちは、ダブルワーカーのよいこ@テレワーク中です。

首相の辞任というトピックがこのところ新型コロナを超えて、トップニュースになってます。嫌いな彼が辞めてくれることは別にかまわないのですが、2007年に続いてまたしても「持病の悪化」ということで、その持病についての情報がネットでちょっとバズった感じです。まあ普通の事を言ってるケースもあれば、聞きかじりのいい加減な事を言ってる奴もいるし、にわか情報通が急増中。
ネットだけじゃなく新聞やテレビでもこの持病のことを取り上げて解説したりしてるので、嫌でも目につくし耳にも入ってくるし病名の知名度はぐ〜んとアップしてますね。

安倍総理の辞任の理由が本当に病状悪化によるものなのか、それともそれを理由にしているだけなのか、それは本人以外にはわからないことでしょう。恐らく主治医でも。



さて前置きが長くなってしまいましたが、本題に。

私は基本的に長いものにまかれる、とか流れにさからえずにそのまま流されていく、というのが嫌で、自分で決めたいたちなのですが、今までに一度だけ、自分の意思に関係なく、流れにさからえないままに翻弄されまくってしまったことがあります。安倍氏辞任のニュースで、久しぶりに思い出したので、今回はその話をしたいと思います。
パスロジに入る2年前のことです。

2015年5月2日土曜日
一週間前から突然40度近い高熱が出て、それが数日治らないので、最初はインフルエンザかと思い医者に行き調べたものの違っていて、そのうちにどんよりとした腹痛と体中の節々が痛くなってきて起き上がることさえ苦労するくらいになってしまいました。
こんな状況は今までに一度も経験したことがなく、なんとかGWに突入する前にせめて症状を緩和させてもらえれば、ということで、昼飯前に主治医のところに。
昼前で、腹は減っていたけれど「とりあえず診察してもらってから、帰って家でメシにしよう」と、病院に向かいました。
今にして思えばこの時にメシを食べていかなかったことを、あとで散々悔やむことになったのですが・・・。

主治医は「持病の悪化」の疑いがあるが、検査設備などの対応の点で自分のころこでは厳しいと判断し、主治医と出会った元の医大の大学病院への紹介状をすぐに書き、今からなら間に合うからこの足で行くようにと。
仕方ないので、車で昔通ってた大学病院に移動。診察順を待っているうちに熱でかなりキツい状況になり、空いている診察室のベッドに横にならせてもらい順番を待ち、1時間以上待たされてから、検査を受けて、また寝ながら待っていると、ドクターが来て、「すぐに入院しましょう」と。

まさか入院などとは全く予想してなかったので、一旦家に帰って用意してから、と言ったのですが、却下されてそのまま中心静脈に点滴をぶち込まれて即入院させられてしまいました。

ドクターが言うにはやはり持病の悪化ということでした。持病とは、今話題沸騰中、安倍氏の持病と同じ「潰瘍性大腸炎」。もう20年以上の付き合いですが、今まで症状が出ているときでもこんなにひどくなったことなどは一度もありません。
そのまま大学病院のベッドで食事も摂れないGWを過ごし、GW明けから様々な治療を受けるのですが、大腸の炎症が中々治らない。
それでも、私の潰瘍性大腸炎は、直腸の近くの数センチ程度の炎症ということで、炎症が出ている時も下血とかはあっても、腹痛で動けなくなるほどの苦痛はなく、比較的症状としては軽い状態が20年以上続いていたので、今回も薬で炎症がおさまれば、じきに退院して帰れるだろう、と思っていました。

しかし、断食入院の苦労も報われずに、結局炎症はひどくなるばかりらしくて、入院して2回目の内視鏡検査の翌日の5月21日朝、大学病院のドクターから、炎症がかなり大きくなってしまっているので、専門の診療科がある横浜の病院に転院して診てもらうほうがいいから、と言われました。
家のそばにある大学病院から、横浜の病院に移るのは少し抵抗はあるものの、まあでかいだけの大学病院よりも関東では潰瘍性大腸炎の権威として有名な病院ならそのほうがいいか、と同意したら、すぐに転院の手筈が整えられ、午後にはカミさんを呼んで、救急車で第三京浜をドライブ(?)して、ストレッチャーに寝たまま、カミさん同乗で、横浜の病院に。

横浜の病院に着いたら重鎮のドクター達(後でわかったのですが、ここの医局のナンバー1と2)がやってきて、丁寧な挨拶もそこそこに「大腸がもういつ破裂してもおかしくないくらいになっているので、危険なのですぐに手術して大腸を全摘しましょう」と。

えっ?

大腸全摘!?  \(°O° ;)/

まさか、転院直後にいきなり手術でしかも大腸全摘って・・・・。
寝耳に水とは、まさにこういう事!? 自分はストレッチャーで横になったままのぼんやり状態だし…。
ぼんやりしながらも、やっと事態が見えてきました。大学病院ではもう手がおえない状況になったので、手術のための転院だったという筋書きが・・・。

もはや拒否権などはなく、まさにまな板の上の鯉状態。自分の意思とか言ってられる状況ではなく、事態が進んでいきます。もちろん、大腸がなくなることへの覚悟など、している間もないままに。

同行してきたカミさんにドクターが説明したりしていたようで、そのまま少し待機して手術室へ。結局、5時間に及ぶ手術だったらしく、ボンヤリと意識が戻ると集中治療室で、ナースから「無事に終わりましたよ」という声が。

今までずっとそうだったように、炎症が引けばいつものように普通の生活に戻れると思っていたのが、まさか大腸全摘出してストーマ(人工肛門)のついた体になってしまうとは・・・。

こうして自分の意思に関係なく、流されるままに、1ヶ月半の入院生活となってしまったのでした。 _| ̄|○

そして入院中、ずっと後悔したのが、診察に行く前にランチを食べていかなかったこと
結局、ランチを食べそびれたまま、約1ヶ月後まで一切の食事なしで点滴暮らしになってしまったことを、食事ができない自分の体への恨みもあって、入院中ずっと悔やんでいたので、その時の教訓(?)がある今では、「先に食べるか後にするか」という状況の場合は、必ず先に食べるようにしています。(^_^;)

P.S.
その後4ヶ月間、ストーマ(人工肛門)をつけたまま過ごし、その間にストーマ付きでドキドキのフライトでのハワイ島への出張もなんとか済ませ、帰国後の10月に2度目の手術でまた1ヶ月入院し、ストーマを外して小腸を大腸の代わりにする手術を行いました。
こうして、2度目の手術も成功してくれたお陰で、現在は、大腸はないものの割と普通の生活が送れる体に無事に戻ることができたのでした。(もちろん大腸がないことで普通と違う点はありますが。)

今では暴飲暴食もできるようになり、30kg痩せた体が、しっかり元に戻ってしまったのは余計だったけれど・・・ (+_+;)